2008/06/19 (Thu)
今日は千葉県動物愛護センターへ行ってきました。
収容部屋を見学させて頂きましたのでご紹介します。
【 1日目の部屋 】
6月25日収容期限の子です

今朝早くに戻って来た捕獲トラックにたった1頭だけ入っていた子です。
ずっと怯えていて目を合わせようともしませんでした。
たった1頭で見知らぬ場所に収容されている恐怖はいかばかりか。
【 2日目の部屋 】
6月24日収容期限の子たちです。

今日は全体的に大人しい子が多かったです。
ラブ(ラブMIX?)は、ただひたすらじーっとこちらを見つめていました。
「 私をここから出して下さい 」
無言でありながら、祈りにも似た力強い思い、願いををヒシヒシと感じました。

ムクムクした可愛いキョウダイ子犬の姿もあります。
果たして子犬たちは自分達が置かれている状況を理解しているのでしょうか?
【 3日目の部屋 】
6月23日収容期限の子たちです。

キョウダイと思われる幼犬3頭がいました。(写真では2頭だけ)
なぜキョウダイ揃って収容されているのでしょうか?
室内飼育、あるいは外飼いであってもキチンと係留していれば
キョウダイ揃って捕獲されるような状況は起こらないはずです。
飼い主の意識の低さが現れています。

どの子も悲しい表情をしています。
センターに収容されていなければ、輝くような笑顔が見られるはずなのに・・・

しっかりと首輪が着いている子たち。
部屋の隅でひたすら飼い主が迎えに来るのを待っています。
【 4日目の部屋 】
6月20日収容期限の子たちです。

真ん中で横たわっているのは老犬です。
もう動く体力が残っていないのでしょうか?
その老犬の温もりを確かめるように寄り添う子犬たち。
今日収容されていた成犬たちは皆、子犬が寄り添ってきても嫌な顔ひとつしない
とても良い子たちばかりでした。
それが余計に辛く・・・

人間の温もりを求めるように足元に寄ってきた子犬。
この子の目が私たちに必死に訴えかけています。
この子の声が、叫びが、あなたには聞こえませんか?

エサ箱で身を寄せ合い、お互いの温もりを確かめ合う子犬たち。

この子は子犬だった昨年、センターの譲渡会で飼い主が決まった子です。
しかし・・・
その飼い主は、この子が手に負えなくなったからとセンターに戻しました。
手に負えなくなったのは犬の責任ですか?
いいえ、間違いなくキチンと躾を入れられなかった飼い主の責任です!
それなのに、なぜワンコが死ななくてはならないのでしょうか?
こういう人間に犬猫を譲渡しないよう、もっと審査を厳しくしなければなりません。
命に最期まで責任を持つ “ 終生飼養 ” を徹底させなければ!
譲渡の際の審査については、ボランティア側もお手伝いできる事だと思いますので、
センターに働きかけていきたいと思っています。
【 最終日の部屋 】
明日(6月20日)には殺処分となる子たちです。

大型犬1頭とキョウダイと思われる2頭がいました。
大型犬は、もう1頭の大型犬と共に同じ飼い主が飼っていたようですが、
なぜか揃って収容されました。
もう1頭の大型犬は一般の方が譲渡を希望しているらしく検疫中でした。
でも、この部屋に残った大型犬は明日には殺処分・・・
皮肉にもはっきりと明暗が分かれてしまいました。

キョウダイと思われるソックリな2頭。
左側が男の子で、右側が女の子です。
女の子の方は出産間近という大きなお腹をしていました。
今日はなぜか飼い主が揃って飼育放棄(?)したようなキョウダイ犬たちが
とても多かった気がします。
千葉県は飼い主の意識があまりに低すぎます。
何とかこの意識を上げていかなければ!
今日もたくさんの子たちが収容されていました。
それぞれの子たちに、それぞれの悲痛な心の叫びがありました。
センターへ行く度に写真などでセンターの状況をお伝えしていますが、
その心の叫びは伝えきれません。
やはり実際に目の当たりにしなければ!
皆さんには是非とも実際にセンターへ足を運んで頂き、
皆さんの感性で収容されている子たちの心の叫びを受け止めてもらいたい!
それが私の切なる願いです。
これは、私が最初にセンターを訪れた時からの変わらぬ想いです。
その時の記事は、コチラ。
一年365日。
非常に残念なことですが、千葉県動物愛護センターで収容犬が途絶えることは
1日たりともありません。
そんな一年365日の内の1日、いえ数時間で結構です。
センターに収容されている子たちのために時間を割いて頂けないでしょうか?
人間に裏切られてもなお、必死に “ 今 ” を生きている子たち。
その生を、確かにこの世に存在する眩いばかりの命の輝き。
それをしっかりと目に焼き付けて頂けないでしょうか?
無念にも人知れず消えていく彼らのために・・・
あなたが勇気を出して踏み出したその小さな一歩が、
未来への大きな一歩へと繋がる。
私はそう思います。













